大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和29年(モ)7001号 判決

債権者 合資会社三洋商会

債務者 野村綾子

主文

当裁判所が、昭和二十九年(ヨ)第一、一四八号不動産仮処分申請事件について、同年二月十八日した仮処分決定は、取り消す。

本件仮処分申請は、却下する。

訴訟費用は、債権者の負担とする。

この判決は、第一項に限り、仮に、執行することができる。

事実

第一当事者の主張

一  債権者の主張

(申立)

債権者訴訟代理人は、主文第一項掲記の仮処分決定は認可するとの判決を求め、その理由として、次のとおり、陳述した。

(理由)

(一) 債権者会社は、昭和六年八月十五日合資会社三洋商会という商号で設立され、昭和二十三年四月十二日三洋建設合資会社と、次いで、昭和二十六年八月五日合資会社三洋商会と、それぞれその商号を変更したものである。

(二) 債権者会社は、昭和二十一年三月二日、吉野軍蔵の所有にかかる別紙〈省略〉目録記載の土地(以下、本件土地という。)を買い受けてその所有権を取得したところ、昭和二十六年七月十八日、当時債権者会社の代表社員であつた中井初次郎は、これを債権者会社の有限責任社員であつた野村健三の妻である債務者に売却し、翌十九日その所有権移転登記手続を了した。

(三) しかしながら、本件土地の右売買は、債権者会社の目的範囲外の行為であり、しかも、債権者会社員の同意を得なかつたものであるから無効である。すなわち、債権者会社は、当初(イ)工作機械その他の機材機器類の販売及びその仲介、(ロ)金属類材料の販売及びその仲介、(ハ)右に附随する一切の業務の遂行を目的として設立されたものであるが、本件土地買入れ当時は、(イ)機械器具類及び金属材料の販売、(ロ)その他物品の販売、(ハ)問屋業、(ニ)仲立業、(ホ)工事請負業、(ヘ)不動産及び有価証券の取得並びにその利用、(ト)右各号に掲ぐるものの附帯事業(但し、右各号のうち主務官庁の許可、認可を要するものを除く。)を目的としていたから、右土地取得行為は、目的範囲内の行為として有効なものであつたが、その後、四囲の状況を検討して、再三にわたり、これを変更した結果、本件土地売却当時における目的は、(イ)土木建築その他工事請負業、(ロ)土木建築用資材の販売並びにその代理業、(ハ)各種電気工事の請負業、(ニ)右各号に関連する事業に限られていたから、本件土地の売却行為は債権者会社の目的範囲外のものであるにもかかわらず、債権者会社員の同意がなかつたから、商法第百四十七条第七十二条の規定によつて無効である。

(四) 仮に、右の主張が理由ないとしても、本件土地売買行為は、ドイツ財産管理令第六条第一項の規定に違背するから、同条第二項の規定によつて無効である。これを詳言するに

(イ) 債権者会社は、昭和六年八月十五日前記目的のもとに、森伝次郎及びドイツ人ヨハネス・ケルン(昭和二十六年十一月十六日その持分を森伝次郎に譲渡して退社した。)が、いずれも、無限責任社員となつて各金二万円を、立川明三郎は有限責任社員として金一万円をそれぞれ出資して設立されたものであるが、その後出資金は遂次増加され、昭和二十年九月二十日、すなわち、ドイツその他枢軸国財産の凍結当時における出資総額は、金五十万円となり、そのうち右ケルンの出資額は金二十万円に達し、出資総額に対する持分の割合は、四十パーセントとなつた。

(ロ) 他方、債権者会社は、ドイツにおける有力なる機械製造業者三十数社と代理店契約を結び、主として工作機械を輸入して、これを陸海軍その他の諸官庁に納入していたが、事業の進展に伴い輸入機械の数量も多大となり、かつ、ドイツのエルンスクラウゼ会社から多数の工作機械及びこれに伴う技術援助を受けることになつたので、改めて工作機械を製造する目的のもとに、昭和十四年四月株式会社三洋商会を設立し、債権者は、右同社の発行した株式の過半数(株式総数五万株のうち二万八千株)を所有するに至つたが、前記ヨハネス・ケルンもまた、右同社の株式二百株(資本総額に対する割合は、〇、四パーセント)を所有するに至つた。

(ハ) かようにして、ヨハネス・ケルンは、前記ドイツ財産等の凍結当時において、債権者会社に対し前記の持分を有し、右持分はドイツ財産管理令に規定するドイツ人財産であつたが、元来、合資会社は、合名会社とともに、本質的には社員相互間における組合関係を基盤とするところの人的結合関係であり、会社の所有する一切の財産は、社員相互の所有する組合財産として会社員の合有に属すべきものであるから、右ヨハネス・ケルンは、債権者会社の所有していた本件土地を含む一切の財産を、他の社員とともに、その出資持分に応じて、合有していたものであり、従つて債権者会社所有の財産には、ヨハネス・ケルンの持分四十パーセントに相当するいわゆるドイツ的利益が包含され右利益は、右ケルンが前記持分に基いて合有する債権者会社の財産に対する持分権として、前記持分とともに、ドイツ財産管理令にいうところのドイツ人財産に属するものといわなければならない。

(ニ) しかして、債権者会社は、ドイツ財産管理令によるドイツ系人として指定はされなかつたが、その財産には、右ドイツ的利益を包含していたので、前記株式会社三洋商会とともに、昭和二十一年二月初旬頃から昭和二十六年十一月二十八日までの間、連合国最高司令官は、その民間財産管理局(C・P・C)員服部泰三及び成田某を管理人に選任して、常時、債権者会社の営業所に駐在させたほか、同局敵国財産課を通じて、債権者会社に対し、金額五十万円以上の商取引は直ちに報告すること、一切の取引に関する重要書類を提出すること及び金銭貸借の取極め、土地、建物及び営業上の利権その他重要なる財産の処分については事前の承認を受けること等を命じ、もつて、債権者会社の営業、財産の全般にわたり、直接管理統轄措置を講じてきた。

(ホ) 従つて、債権者会社所有の財産については、ドイツ財産管理令の適用があるから、債権者会社が、その所有財産を処分するに際しては、ドイツ財産管理令第六条第一項の規定により、主務大臣の許可を要すべきところ、本件土地の売買にあたつては、右の許可を得なかつたのであるから、右売買行為は、同条第二項によつて無効である。

(五) よつて、債権者は、所有権に基いて債務者に対し、本件土地明渡しの訴を提起すべく準備するとともに、その執行を保全するため、東京地方裁判所に対して本件仮処分を申請し(昭和二十九年(ヨ)第一、一四八号事件)、同年二月十八日「債務者は、その所有名義の本件土地に対し、譲渡、質権、抵当権、賃借権の設定その他一切の処分をしてはならない。」旨の仮処分決定を得たが、右決定は、相当であり、いまなお、維持する必要があるから、その認可を求める。

(六) なお、債務者の主張事実のうち、債務者の主張する日時、場所において、債権者会社の社員総会が開催されたこと及び右総会通知書に債務者主張のような記載のあること、ヨハネス・ケルンの森伝次郎に対する持分の譲渡行為が無効であつたこと及び右ケルンが右総会当時本国に帰国していた事実は、いずれも認めるが、その余の事実は争う。

(イ) 右社員総会における議案は、昭和二十四年十二月三十一日現在における決算報告承認の件であつて、しかも、右決算報告書中の貸借対照表に記載されている「建物住宅物置共二十四坪(三洋商会保管)」は、東京都北多摩郡是政七千六百七十五番地に所在する物件で、本件土地とは全く別個のものであるから、右総会において、本件土地の売却処分が議題とされた事実はない。

(ロ) 仮に、右総会において、本件土地売却に関する事項が議題とされ、しかも、出席社員によつてこれが承認を得たとしても、右の処分は、債権者会社の目的外の行為であるから、総社員の同意または追認を要すべきところ、当時、債権者会社の社員は、無限責任社員中井初次郎、土方政信、有限責任社員野村健三、森伝次郎、八杉直、景山誠一及び土方長治であつたが、土方政信、土方長治及び八杉直は、いずれも欠席し、かつ、ヨハネス・ケルンの昭和二十一年二月十五日附森伝次郎に対する前記持分の譲渡は、昭和二十年九月二十日大蔵省令第七十八号「特定国財産等ノ保全ニ関スル件」に基く主務大臣の許可がなかつたため無効とされたから右ケルンもまた、当時債権者会社の社員であるところ、同人は、すでに、ドイツ本国に送還されていたから、右総会においては、少くとも右四名の同意はなく、その後同人等がこれを追認した事実もない。

(ハ) また、右総会招集通知書に、債務者主張のような記載があつても、総会招集通知は、観念の通知、または意思の通知たるに止るものであるから、その相手方に対し、欠席、または委任状の不提出という消極的事実によつて、社員固有の議決権を奪い、もつて議案に対する賛成を擬制することはできない。

(ニ) 仮に、右総会に欠席した社員が、その後右総会の決議に対し反対の意思を表示していないとしても、法律行為が同意、または追認によつて効力を生ずるためには、その追認の対象たる法律行為が、具体的に表示されることが必要であるにもかかわらず、右決議に際しては、本件土地の売却という具体的行為が明示されてないから、右の事実によつて、同意、または追認あつたものとすることはできない。

二  債務者の主張

(申立)

債務者訴訟代理人は、主文第一、二項同旨の判決を求め、その理由として、次のとおり、陳述した。

(理由)

債権者の主張する(一)、(二)の事実、(三)の事実のうち債権者会社の目的、(四)の事実のうち債権者会社及び株式会社三洋商会の設立及びその経緯並びに出資金、発行株数、ヨハネス・ケルンが債権者主張のとおり持分及び株式を有し、それらは、いずれも、その主張の日に凍結されたこと、債権者会社がドイツ財産管理令によるドイツ系法人として指定されなかつたこと及び本件土地売買について右管理令に規定する主務大臣の許可がなかつたことは、いずれも認めるがその余の事実は、すべて争う。なお、

(一) 債権者会社は、終戦前の恩顧にむくいるため、債務者の夫野村健三に対し、約四十坪の建物とともに、吉野軍蔵から買い受けた本件土地を謝礼として贈与したものであるが、債権者会社は、その存立期間満了の日を昭和二十六年八月十四日に控え、加えて経営不振のため約百十万円の負債を生ずるに至つたので、右負債整理のため、たまたま所有権移転登記手続を終えていない本件土地等につき、改めて債務者に対しその買い取り方を求めた結果、債務者も事情を了として、昭和二十六年七月十八日、金三十六万円でこれを買い受けたものであるから、債権者会社の本件土地売買は、解散準備に伴う負債整理のため必要欠くべからざる行為、換言すれば、債権者会社の目的を達成するための附随行為であるから、本件土地売買は、債権者会社の目的範囲内の行為である。

(二) 仮に、右売買行為が、債権者会社の目的の範囲外の行為であつたとしても、この行為については、総社員による同意または追認があつた。これを詳言するに、

(イ) 債権者会社は、前記のとおり、その存立期間満了の時期を間近に控えて、所有財産の処分により、その負担する債務を整理すべく、当時、債権者会社の代表社員であつた中井初次郎は、昭和二十六年八月四日午前十一時、東京都中央区銀座三丁目建築会館七階で開催した債権者会社の社員総会において、本件土地を含む会社財産の処分による負債整理の件なる議案を提議したところ、右議案は、出席した全社員、すなわち、中井初次郎、森伝次郎、野村建三及び景山誠一によつて承認されたが、当日欠席した社員のうち八杉直は、当時、すでに死亡しており、ヨハネス・ケルンは、昭和二十一年二月二十五日その持分を森伝次郎に譲渡してドイツに帰国していたものであるが、右森は前記総会に出席して議決権を行使しているから、右譲渡が、「特定国財産等ノ保全ニ関スル件」に違背して無効なものであつたとしても、右持分に関する一切の権限を右森に委任したものと見るべきであり、仮に、しからずとするも、右ケルンは、当時、すでに、ドイツに帰国していたから、事実上同人の同意を得ることは不可能であつて、かような場合は、その同意を要しないものとみるべく、また、土方長治及び土方政信に対する社員総会招集通知書には、前記総会に出席もなく、また委任状の提出もない場合には、出席者の多数決による決定に賛成があつたものとみなすべき旨が記載されていたにかかわらず、同人等は、その後何らの反対意見も表明しないから、結局、右両名は前記総会において承認された本件土地の売買を、明示または黙示に追認したことになり、従つて、本件土地の売買は、債権者会社の総社員による同意または追認があつたものである。

(ロ) 仮に、右同意、または追認が、個々的明示的なものでなかつたとしても、会社財産の包括的処分の同意も、また商法の要求するところの同意に該当するものであるから、前記の状況のもとに開催された債権者会社の社員総会において、出席総社員の同意のもとに、債権者会社の財産処分による負債整理を代表社員一任と決定されたものである以上、少くとも、債権者会社を代表する中井初次郎との間における本件土地売買は、明示または暗黙の意思表示により、包括同意、または追認があつたものである。

(三) 更に、本件土地売買について総社員による同意、または追認がなかつたとしても、債権者は、右売買代金によつて、その負担する債務の大部分を弁済し、もつて、今日の状態に復するを得たものであるにもかかわらず、その後、本件土地の値上りを見るや、内部的手続の不備を云々して善意の局外者である債務者に対し、本件土地の返還を請求するのは、権利の濫用も甚だしい。

(四) 債権者会社の財産、ひいては本件土地が、ドイツ財産管理令にいうところのドイツ人財産に属するいわれはない。

(イ) 債権者会社の無限責任社員であつたヨハネス・ケルンは、好ましからざるドイツ人として、ドイツ財産管理令第二条第一項の規定の適用を受け、同条第五項の規定により、その財産は、ドイツ人財産とされた結果、同令第四条の規定によつてアメリカ、イギリス及びフランス三国の所有に帰したものであるが、昭和二十年九月二十日ドイツ財産等の凍結当時において、右ケルンが債権者会社に対して有する持分は、四十パーセントに過ぎず、従つて、同人が債権者会社を支配しているとは見られなかつたので、債権者会社は、ドイツ財産管理令にいうところのドイツ系法人として認定されなかつたのである。

(ロ) しかして、合資会社所有の財産は、法人である会社の固有の財産であり、たとえ、会社財産は、実質的に組合財産として社員の合有財産であるとしても、法律的形式的には社員の合有に属するものではないから、ヨハネス・ケルンが、債権者会社に対し右のような持分を有していたとしても、債権者会社の所有していた本件土地は、あくまで債権者会社の固有の財産であり、債権者の主張するように、ドイツ的利益を含むものではない。

(ハ) このことは、CPCの職員服部泰三及び渡辺某が、株式会社三洋商会が財産管理令に規定するところのドイツ人財産に該当するかどうかを調査するため、その本店(東京都千代田区九ノ内の丸ビル所在)に駐在したことはあつたが、東京都中央区銀座西三丁目一番地にある債権者会社の本店(昭和二十三年一月から昭和二十六年八月頃まで)には、CPCの職員による駐在や調査はもちろん、CPCからの通告すらされたことはなく、また本件土地の売買が債権者の主張するCPCによる管理期間中にされたにもかかわらず、その後、右売買を取り消されたりすることなく、あるいは何らの異議も述べられなかつた事実によつても明らかである。

従つて、本件土地の売買は、適法、有効なものである。

以上のとおりであるから、債権者の本件仮処分申請は、失当として、却下さるべきである。

第二疏明〈省略〉

理由

一、債務者は、昭和二十六年七月十八日、債権者から、その所有にかかる本件土地を買い受け、同月十九日これが所有権移転登記手続を了したことは、当事者間に争いがない。

二、債権者は、本件土地売買行為は債権者会社の目的の範囲外の行為であるにかかわらず、総社員の同意を得ていないから無効であると主張するに対し債務者は、その目的の範囲内の行為であるから有効であると抗争するので、まず、はたして、右売買行為が、債権者会社の目的の範囲内のものであるか、どうかについて判断するに、債権者会社は、本件土地の取得当時、不動産の取得及び利用をその目的の一としていたが、その後、これを変更して、右土地を売却する当時においては、土木建築、各種電気工事の請負業土木用建築資材の販売及びその代理業並びにこれ等に関連する事業を目的としていたことは、当事者間に争いのないところである。しかしながら、会社のある行為が会社の目的の範囲内の行為であるかどうかは、その定款に掲げられた目的を文言どおり厳密、かつ制限的に解して決すべきではなく、広く、その目的として掲げられた事業を遂行するため必要な行為もまた、会社の行為として、これをすることができるものと解すべきであり、しかも、その目的である事業を遂行するため必要な行為であるかどうかの判定は、当該行為が、定款に掲げられた目的である事業の遂行に現実に必要であるかどうかの基準によるべきものではなく、定款の記載自体から観察して、客観的、抽象的に必要があるといえるかどうかの基準によつて決すべきものと解するを相当とする。いま、これを本件についてみるに前記の目的を有する債権者会社が、さきに、その目的の範囲内の行為として、これを買い入れ現に、その所有に属する本件土地を他に売却することは、その売得金をもつて金融を図り、あるいはその経済を充実させ、もつて業務の遂行に資するところが少くないのみならず、負債整理のためにも、また必要なものといい得べきものであるから、右土地の売却は、債権者会社の目的を客観的、抽象的に観察して、その目的として掲げられた事業を遂行するに必要な行為と認めるのが相当である。従つて債務者の主張するように、債権者会社の本件土地の売却は、その目的の範囲内の行為というべきであるから、債権者会社員全員の同意の有無について判断するまでもなく、債権者の前記主張は、理由がないものといわなければならない。

三、債権者は、ドイツ人ヨハネス・ケルンは債権者会社に対し出資総額の四十パーセントに相当する出資持分を有するものであるが、元来、合資会社は、本質的に社員相互間における組合関係を基盤とする人的結合であり、会社の所有する財産は社員相互の所有する組合財産として全社員の合有に属すべきものであるから、右ケルンは、その持分に応じて、債権者会社の財産を、他の社員とともに、合有するものであり、従つて、債権者会社の所有する財産には、右ケルンの持分に相当するドイツ人財産が存するにもかかわらず、債権者会社が、法令の定める主務大臣の許可を得ることなく、債務者に対してした本件土地売買は無効である旨主張するので、まず、ヨハネス・ケルンが、本件土地を、持分に応じて他の社員とともに合有していたと見るべきであるかどうかについて考察する。元来、「持分」ということばは、法律上種々の意味に用いられているものであるが、社員相互の人的関係を基盤とする合資会社における社員の持分は、一個の物を多数人で所有するところの共有者の持分、組合員の組合財産に対する持分、船舶共有者の持分等とはその観念を異にし、利益配当請求権、残余財産分配請求権等の自益権をも包含するところの社員としての資格かあるいは会社の解散または退社の場合において、社員がその資格において、会社に請求し、または会社に対して支払うところの観念上の数額を意味するものと解されるが、右のいずれの場合においても、その意味するところの持分は、会社の内部関係の問題に過ぎないから、たとえ、会社財産が、実質的に社員の合有に属するものであるとしても、外部に対する関係、法律的関係における会社財産は、独立の人格を有する合資会社そのものに帰属するものといわざるを得ない。本件についてこれを見るに、ヨハネス・ケルンが、債権者会社の出資総額の四十パーセントに相当する持分を有していたことは当事者間に争いのないところではあるが、他方本件土地が当事者間に争いないように、債権者会社の所有に属している以上、右土地に対し、外部に対する関係において、重ねて右ケルン及び債権者会社社員の合有的権利を認める余地はないのみならず、債権者のいうところの「持分に応じて合有する」とされるところから導き得る右社員等の本件土地に対する権原は、合資会社の本質上、会社及び社員たる地位の存続する限りは、利益配当請求権もしくは会社の解散退社に際し本件土地の分配を求め得べきところの観念上の数額として、また、会社の解散、退社の際には、残余財産としての右土地分配請求権、持分の払戻請求権として考えられ、しかも、それらは、いずれも社員権とともに譲渡し得べく、しかも債権者会社に対してのみ請求し得る性質のものであり、結局は合資会社に対する社員の持分権に還元されるものに過ぎず、直接本件土地を支配する権原ではないものと解すべきであるから、本件土地は、債権者会社の所有に属し、ヨハネス・ケルンは、他の債権者会社社員とともに、直接本件土地を合有するものでないこと(右ケルン及び債権者会社社員が、実質的に、換言すれば債権者会社の内部関係において本件土地を含有するとしても、債権者会社から右土地を買い受けた債務者に対し、右合有権を主張し得ないことは、更に説明を要しないところであろう。)は、明らかであり、従つて本件土地が、右ケルン等が持分に応じて合有することを前提とし、右合有権は、ドイツ人財産に属するとする債権者の前記主張は、合資会社の内部関係においてのみ妥当する法律関係をもつて、直ちに、その外部関係を律する基礎としようとするものというべく、到底採用することができない。もつとも、甲第五号証の一、同第十二号証、同第十四、第十五号証、同第十六、第十七号証の各一、二の各記載、証人竹内一郎及び債権者代表者本人(第一、二回)の各供述を綜合すると、債権者会社は、昭和二十一年二月初旬から昭和二十六年十一月二十八日まで、連合国最高司令官によつて直接管理されたことを推認し得るかのようであるが、右甲第十二号証、同第十五号証は、いずれも、株式会社三洋商会に対するものであるから、これをもつて、債権者会社に対する管理の疏明資料とすることはできないことはいうまでもなく、また、甲第十七号証の一、二によると、連合国最高司令官は、西歴千九百四十八年十月三十日附覚書(SCAPIN 16 14A/1)及び同千九百四十九年七月二十五日附覚書(SCAPIN 16 14A/2)をもつて、日本国政府に対し、管理人存続の指令をした事実を推認できるが、債権者会社が、ドイツ財産管理令によるドイツ系法人に指定されなかつたこと、従つて、債権者会社は右指令による管理人の選任のなかつたことは当事者間に争いのないところであり、しかも、証人竹内一郎の証言によると連合国最高司令官は、前記甲第十七号証の一による日本国政府の照会(債権者会社をドイツ系法人として取り扱うべきかどうかの照会)に対し、何らの回答もしなかつた事実を肯認することができるから、右甲号証の記載をもつて、債権者会社が連合国最高司令官によつて、直接管理された事実を肯認することはできず、他に、右の事実を認めるに足る明確な疏明はない。かえつて、成立に争いのない甲第五号証の一、同第六、第七号証、同第十二、第十三号証、同第十五号証、第十六、第十七号証の各一、二、乙第九号証、債権者代表者本人(第一回)の供述によつて成立を認め得る甲第八、第九号証の各一、二、同第十、第十一号証及び証人中井初次郎の証言によつて成立を認め得る乙第四号証、証人竹内一郎、根石一雄、野村健三の各供述並びに本件口頭弁論の全趣旨を綜合すると、

(イ)  債権者会社は、合資会社三洋商会という商号で、昭和六年八月十五日設立され、同二十三年四月十二日三洋建設合資会社に、昭和二十六年八月五日現在の商号に、それぞれ変更されたもの株式会社三洋商会は、昭和十四年四月設立されたものであるが、ドイツ人ヨハネス・ケルンは、債権者会社に対し出資額の四十パーセントに相当する持分及び右株式会社の株式二百株を有していたが、右持分及び株式は、昭和二十年九月二十日大蔵省令第七十八号「特定国財産等ノ保全ニ関スル件」によつて凍結されたこと(以上の事実は、当事者間に争いがない。)、

(ロ)  連合国最高司令官は、昭和二十四年十月頃から昭和二十六年十一月二十八日までの間、その民間財産管理局員服部泰三等を、株式会社三洋商会の本店(東京都中央区丸ノ内仲十一号館内)に常駐させたほか、その間、同社に対し、金額五十万円以上の取引については、直ちに、CPCまたは、その代表者に報告し、かつ、不動産その他重要なる財産の処分については、CPCの事前の許可を得ること等を命じ、もつて、右同社の営業、財産の全般にわたつて管理してきたこと、

(ハ)  債権者会社は、右服部等が株式会社三洋商会に常駐する以前の昭和二十三年四月十二日本店を、東京都中央区銀座西二丁目三番地中島ビルに移転したが、その前後を通じて、前記民間財産管理局員等の駐在も、また、経営、経理に関する指示、監督も受けなかつたこと、を、一応、推認し得べく、他に、右の事実を覆すに足る疏明はないから、債権者会社は、連合国最高司令官によつて直接管理されたこともなかつたものといわなければならない。従つて、連合国最高司令官による直接管理の事実からさかのぼつて、本件土地がドイツ人財産としてドイツ財産管理令の適用があるとする債権者の主張は、その前提的根拠を欠くものと断ぜざるを得ない。

以上説示したとおり、本件土地は、債権者会社社員の合有に属すると見るよりは、むしろ、債権者会社の所有に属していたものと見るべく、従つて、本件土地の買受けについては、債権者の主張するようなドイツ財産管理令違反の問題を考慮する余地がないのであるから、(本件土地がドイツ人財産と見得ないこと、上に説示したとおりであり、また、債権者会社がドイツ財産管理令によりドイツ系法人として指定されなかつたことは、当事者間に争いのないところであるから、本件土地は、右管理令にいわゆるドイツ系法人財産にも該当しない。)、以上のほか他にこれを無効とすべき何らの主張も疏明もない本件においては、債務者は、有効に右土地の所有権を取得したものといわなければならない。

四、よつて、債権者の本件仮処分申請を認容してした主文第一項掲記の仮処分決定は、進んで他の点について判断するまでもなく、理由のないこと明らかであるから、これを取り消し、本件仮処分申請を却下することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条、仮執行の宣言について同法第百九十六条を適用し、主文のとおり、判決する。

(裁判官 三宅正雄 吉江清景 長久保武)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例